VEGFAとKDRという血管新生に関わる遺伝子の多型が、持久パフォーマンスと前十字靭帯損傷の受けやすさに関連していた。7件の症例対照研究を整理したシステマティックレビューの報告である。ただしいずれも関連の観察にとどまり、著者らは検証にはさらなる研究が必要だとしている。
用語について。 「一塩基多型(SNP)」はDNA配列上の一箇所の塩基の個人差を指す。「VEGFA」は血管内皮増殖因子、「KDR(VEGFR2)」はその受容体をコードする遺伝子で、いずれも酸素の運搬、血管の適応、組織の再生に関わるとされる。「rs」で始まる番号は個々の多型の識別子である。
1. 何を調べた研究か
VEGFAとKDRの一塩基多型が、アスリートの持久パフォーマンスと前十字靭帯(ACL)損傷の受けやすさとどう関連するのかを検討すること。それが著者らの目的である。
遺伝的素因が競技能力とスポーツ傷害への感受性に影響するという前提のもと、これら二つの遺伝子に絞って整理している。
2. これまで分かっていたこと
VEGFAとKDRの多型が酸素の運搬、血管の適応、組織の再生に影響し、それが持久力と傷害リスクに関わりうることは想定されていた。
ただしこれらの効果に関する研究は限られたままだ、というのが著者らの整理である。機序として妥当でも、実際に関連が確認された報告が少ない状況だった。
3. どう調べたのか
PubMed、Scopus、Web of Science、EBSCOで系統的な文献検索を実施した。
適格条件は、アスリートを対象とした症例対照デザインで、VEGFAまたはKDRの一塩基多型を持久パフォーマンスまたはACL損傷との関係で検討した研究である。選定はPRISMAガイドラインに沿って行われた。
条件を満たしたのは7研究である。抄録には参加者の総数や競技種目の内訳は記載されていない。
4. どの多型が何と結びついたのか
持久系と傷害系で、それぞれ別の関連が報告されている。
| 多型 | 関連づけられた内容 |
|---|---|
| VEGFA rs2010963(C対立遺伝子) | エリート選手の地位、より高いVO2maxと最大パワー出力 |
| KDR rs1870377(A対立遺伝子) | 持久系アスリートでより高頻度 |
| VEGFA rs2010963(CC遺伝子型) | 前十字靭帯断裂のリスクの高さと相関 |
| VEGFA A–A–Gハプロタイプ(rs699947、rs1570360、rs2010963) | 保護的な効果 |
| VEGFA rs35569394(I対立遺伝子保有者) | ACL損傷リスクの増加 |
興味深いのはrs2010963の扱いである。C対立遺伝子はより高いVO2maxと最大パワー出力に関連する一方、CC遺伝子型はACL断裂のリスクの高さと相関している。持久力に有利な変異が傷害には不利に働きうる、という構図に見える。
ただし注意がいる。これらは別々の研究による別々の関連の観察であって、同一集団で両方を同時に確かめた結果ではない。
著者らの結論も慎重で、VEGFAとKDRの多型が有酸素パフォーマンスとACL損傷リスクを調整しうることを示唆する、という表現にとどまる。そのうえで、これらの関連を検証しスポーツ科学における遺伝的プロファイリングを改善するには、さらなる研究が必要だとしている。
5. この情報をどう扱うか
現時点では読み物として扱う。判断材料にはならない。
理由は三つある。第一に規模である。7研究という数で複数の多型と二つのアウトカムを扱っており、各関連を支える研究はごく少数にとどまる。
第二にデザインである。症例対照研究は、すでに結果が出ている集団を遡って比較する形式であり、遺伝型が原因であることを示すには弱い。エリート選手にある対立遺伝子が多かったとしても、その遺伝型を持つ人が競技を続けやすかった、という別の説明も残る。
第三に効果の大きさである。抄録にはオッズ比も効果量も示されていない。「関連していた」がどれだけの差なのかを確かめられない。
実務的には、遺伝子検査の結果にもとづいてトレーニングや傷害予防を変える根拠は、この論文にはない。そうした介入の有効性を検証した研究は組み入れられていない。
一方、機序としての読み物としては面白い。血管新生に関わる遺伝子が酸素運搬にも組織の修復にも関わるという構図は、持久力と傷害が同じ生理的基盤を共有しうることを示唆する。ただしそれは仮説であって、この論文が確かめたことではない。
6. この研究の限界
まず規模である。7研究では、それぞれの多型について確かなことを言えない。
デザインも症例対照に限られる。この形式は関連の検出には適しているが、因果の方向を決められない。
効果量が示されていないことも大きい。オッズ比、信頼区間、p値のいずれも抄録に記載がなく、関連の強さを判断できない。
対象集団も分からない。7研究に含まれたアスリートの総数、競技種目、民族背景はいずれも記載されていない。遺伝子多型の頻度は集団によって大きく異なるため、この情報の欠如は解釈に直接効く。
多重比較の問題も残る。複数の多型と複数のアウトカムを検討すると、偶然の関連が混じりやすくなる。この点への言及は抄録にない。
そして再現性も確かめられていない。著者ら自身が、関連の検証にはさらなる研究が必要だと述べている。
7. よくある疑問
遺伝子検査で自分の持久力が分かるのか
この段階では分からない。示されているのは7件の症例対照研究における関連であり、著者ら自身が関連の検証にはさらなる研究が必要だと述べている。特定の対立遺伝子を持つ集団で平均的な傾向が観察されたということであって、個人の能力を予測できる水準ではない。
同じ多型が持久力と靭帯損傷の両方に関わるのか
rs2010963についてはそう報告されている。C対立遺伝子がより高いVO2maxと最大パワー出力に関連する一方、CC遺伝子型は前十字靭帯断裂のリスクの高さと相関していた。ただしこれらは別々の研究による関連の観察であり、同一集団で両方を確かめたものではない。
この結果をトレーニングに使えるのか
使える段階にない。組み入れられたのは症例対照デザインの7研究で、遺伝型に応じてトレーニングや傷害予防を変えることの有効性を検証した研究は含まれていない。著者らも遺伝的プロファイリングの改善を今後の課題として挙げている。
8. 出典
- Jabłońska-Paszko K, Krawczak-Wójcik K, Maculewicz E. VEGFA and KDR gene variants as potential markers of endurance performance and sports-related injuries: A systematic review. Biomedical Human Kinetics, 2026.
- DOI: https://doi.org/10.2478/bhk-2026-0013