トレーニングを受けた長距離ランナー15名(女性7名、男性8名)を対象としたランダム化クロスオーバー試験において、臨界速度の約75%で60分間走った際、高度なフットウェアテクノロジー(AFT:Saucony Endorphin Pro 3)は従来型シューズ(Saucony Kinvara)と比較して、酸素摂取量(VO2)の経時的増加(VO2ドリフト)を有意に抑えた。また、走行後の垂直ジャンプにおける衝動(力出力)の低下をコントロール群の4.9%から0.2%へと抑制し、神経筋疲労を大幅に防いだ。
1. 何を調べた研究か
高度なフットウェアテクノロジー(AFT:厚底ソールと炭素繊維プレートを組み合わせた最新型ランニングシューズ)が、長時間のサブマキシマル走(60分間)において、エネルギー消費の非効率化を示す「VO2ドリフト(酸欠ドリフト)」および走行後の下肢の「神経筋疲労」を抑制できるかを検証した研究である。
従来の短時間のランニングエコノミー測定ではなく、フルマラソンやトライアスロンのランで問題となる「長時間連続走行時の疲労蓄積」に着目して評価している点が最大の特徴である。
2. これまで分かっていたこと
AFT(厚底カーボンシューズ)が、フレッシュな状態でのランニングエコノミー(RE)を数%改善し、マラソンのタイムを縮めることは多くの研究で実証されている。
しかし、長距離を走るにつれて徐々にエネルギー効率が落ちていく生理学的変化(VO2ドリフト)や、下肢筋肉の神経筋疲労に対して、シューズの構造がどのように影響を及ぼしているのかについての定量的データは限られていた。
3. どう調べたのか
トレーニングを受けた長距離ランナー15名(男性8名、女性7名、平均年齢23.2±1.6歳、体重65.5±7.8 kg)を対象に、ランダム化クロスオーバー試験を実施した。
- テスト条件: コントロールシューズ(Saucony Kinvara)およびAFT(Saucony Endorphin Pro 3)を履き、それぞれ別日に走行。
- 走行プロトコル: トレッドミル上で臨界速度(Critical Speed)の約75%の強度で60分間の連続走行。
- 測定指標: 呼気ガス分析器による連続VO2測定(線形回帰によりVO2ドリフト速度を定量化)、走行前後の垂直ジャンプ力(垂直衝動)による神経筋疲労の判定、15分刻みでの床反力測定。
4. 厚底シューズは60分走の疲労と酸素消費をどう変えるのか
60分間走行における両シューズの比較結果は以下の通りである。
| 評価項目 | コントロールシューズ(Kinvara) | AFT(Endorphin Pro 3) | 統計的判定 |
|---|---|---|---|
| VO2ドリフト勾配 | 0.00088 mL/kg/min/min | 0.00056 mL/kg/min/min | 有意に低い |
| 走行後の垂直ジャンプ衝動変化 | -4.9% (神経筋疲労あり) | -0.2% (疲労がほぼない) | 有意に抑制 |
| ピーク接地力・接地時間 | 差なし | 差なし | 有意差なし |
| ストライド速度 | 差なし | 差なし | 有意差なし |
AFT(厚底カーボン)を履いて60分間走った場合、走るにつれて酸素摂取量が増加していく「VO2ドリフト」のスピードが統計的に有意に抑えられた。さらに、走行前後で実施した垂直ジャンプテストでは、コントロールシューズで下肢の爆発的筋力が4.9%低下したのに対し、AFTでは0.2%の低下にとどまり、脚の神経筋疲労が大幅に軽減された。
5. 練習やレースにどう活かすか
本研究の結果は、厚底シューズが単に「フレッシュなときのタイムを上げる」だけでなく、「後半の失速を防ぐ(耐久性の向上)」ツールとして極めて有効であることを示している。
- ハーフ・フルマラソンおよびトライアスロンのラン: 長時間を走るレースでは、後半に筋肉の疲労が溜まりフォームが崩れることで呼吸が苦しくなるが、AFTはその疲労蓄積のスピードを鈍化させてくれる。
- 長距離ポイント練習での疲労残りの軽減: ハードなロングランやペーストレーニングでAFTを着用することで、下肢筋肉へのダメージ(神経筋疲労)を抑え、翌日以降のトレーニングへの復帰を早める効果が期待できる。
6. この研究の限界
本研究はトレッドミル上での60分間走(臨界速度の約75%)を対象としており、路面状態が変化する屋外の実際の道路や、2時間〜3時間を超えるフルマラソン後半での効果についてはさらなる検証が必要である。また、接地時間やストライドなどのフォーム指標に差が出なかったメカニズムの解明には、より細かな筋電図解析が必要とされる。
7. よくある疑問
厚底シューズ(AFT)は長時間のランニングで疲労を減らす効果がありますか?
はい。臨界速度の約75%で60分間走った結果、従来型シューズと比べて酸素摂取量の経時的な増加(VO2ドリフト)が有意に抑えられ、走後の垂直ジャンプ力(神経筋疲労の指標)の低下もわずか0.2%に留まりました(コントロールは4.9%低下)。
走っている最中の接地時間やピッチ(ストライド)も変わりますか?
本研究のデータでは、ピーク接地力・接地時間・ストライド速度などの接地バイオメカニクス指標にはシューズ間で有意な差は見られませんでした。主な違いはエネルギー消費効率の維持と神経筋疲労の軽減に表れました。
8. 出典
Steele J, VanKeersbilck L, Ward JB, Hunter I. (2026). Advanced Footwear Technology Slows Oxygen Uptake Drift and Reduces Neuromuscular Fatigue During Extended Running. International Journal of Sports Physiology and Performance. DOI: 10.1123/ijspp.2025-0218